ギブミーユトリ
わたしは今長い長いお休みをもらっている。おやすみのあいだは暮らしのきまりをまもるため、お部屋の管理をしたり、お金の居場所をまとめてみたり、将来のことについてぼーっと思いをめぐらせてみたり。誰とも予定をつくらずにのんびりとくらしながら、めんどうだなあ、くるしいなあ、いつかやりたいなあ、と思っていたことをひとつひとつほどいてみている。
そうしてみて初めて、「わたしは思っていた以上に沢山のがまんをしていた」ということに気づいた。働いている時はなにもきにしていなかったけど。ちょっとの工夫、仕組みをつくるだけで、暮らしはガラッと変わる、お金がなくてできるわけないと思っていたことが、準備してみれば意外にもすんなり取り入れられる、などなど。このへんのはなしはまたこんど書くことにする。いろいろ模様替えなりをすることによって、すきなことをぜんぶやるぞ!という気持ちを持つことができるようになった。からだや頭の不調を見てみぬふりをしていたり、などなども我慢していたらしい。そりゃあ体調もこころもパンクするよなあと思う。これらのガマンの原因はお金、時間の余裕のなさだ。私はシゲキによわい人間なので、これからはそのふたつをうまいことやりくりする仕組みをじっくりじっくりコツコツとつくっていくべきである。フムフム。
わたしは「将来をかんがえるための猶予期間」として今のしごとを選んでいたため、精神的にも安定することが中々できずにいる。早起きが苦手で時間の管理が上手にできないこともプラスされて、しらないうちにすごくすごく疲れていたのだなあと、今になって気づいた。ほんとうにわたしがやりたい仕事ってなんだろう、と改めて考えてしまう。好きなことを突き詰めることばかり考えてきたけれど、はたしてそれだけでわたしは幸せになれるのだろうか。
あと、余談なのですが、じぶんのそばに「ていねいに暮らしているひとがいる」というだけでこころやからだの余裕がだいぶん違ってくるのではないかと感じた。炊事洗濯、あとは人生の選択、などなど、ひとりでくらして、好きなことをして、をこなして、心にゆとりがあるひとなんてほんのひとにぎりなんだと思う。けど、そのほんのひとにぎりに、誰もがなれる方法が「パートナーを見つける」ことなのかもしれないと思った。主婦じゃなくても、せかせかとしてしまう相手にゆとりをあげる人がいればいい。今までは自分のことは自分でひとりじめするんだ!と思っていたけれど、わたしにもそんなひとがいたらいいのにな、欲しいなとやっと思えましたのでよろしくおねがいいたします。
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